お茶の農薬はどのくらい使用されていますか?
という質問がありましたので、お茶の農薬について詳しく解説いたします。
農薬散布の管理
農薬の散布については、生産農家さんが行いますので、基本的には農家さんが記録しています。 生産量が多い鹿児島茶では、毎回(公社)鹿児島県茶業会議所に生産履歴報告書を提出することになっています。
農薬の散布については、生産履歴報告書の栽培記録(防除)に記録されます。
具体的な報告内容は、出荷番号、生産者名、圃場番号、品種名、前回摘採日、今回摘採日などの情報と、散布日、農薬番号、薬剤名、希釈倍数を記入します。
※圃場番号とは、畑の区画のことです。お茶とは面白いもので、同じ日に同じ品種を摘んだとしても、品質に大きな差がある場合もあります。
つまり、どこの畑で、誰が、いつ、どのような農薬をどのくらいの濃度で散布したかがわかる報告書になっています。質問の「農薬はどのくらい使用していますか?」というのは、どのくらいの量か?という意図でしょう。農薬の使用方法は、農薬の種類別、作物ごとに決められています。単純な農薬の量ということよりも肝心な情報というのは、単純に農薬の使用量ではなく、摘採日のどれくらい前に、どんな農薬を、どれくらい希釈して使用、何回散布したかということが重要です。
・一般社団法人 鹿児島県茶生産協会より
生産履歴開示について
お茶の流通は、地域によって様々です。宇治茶の市場では、農家が出荷する際に生産履歴を添付しているようです。生産量の多い地域では、同じやり方だと事務作業の負担が大きいことから、生産履歴が必要な場合は、開示請求を行う制度になっているようです。鹿児島県の市場(JA経済連 入札取引)を通した場合、生産履歴開示請求を茶商(ちゃしょう)が行う必要があります。
茶商とは
市場で取引ができる指定の茶問屋のことで、鹿児島県には、29社くらいあります。茶商(指定業者)以外に取引はできないので、例え静岡県の大手さんでも鹿児島県の市場(入札会)に参加はできません。
3つの流通経路
①茶商による市場での取引
鹿児島茶の多くは、茶商から仕入れることになりますが、生産履歴開示を茶商に依頼した場合、2~4週間ほどかかるそうです。市場では、多い日1000点を超えるお茶が出品され、それらを茶商が落札(購入)します。
入札番号、生産者名などがはじめからわかっていれば、早い話なのですが、茶商が茶問屋や小売店に卸すお茶の多くは、数種類から数十種類のお茶を配合したものになります。
どのようなお茶を配合したかを調べ、鹿児島県茶業会議所を通じて全ての生産者に生産履歴開示請求を行います。かなり大変で多くの手間がかかる作業です。生産履歴開示請求は、あくまで、生産履歴を追求できる仕組みがあるということで、頻繁に使用される制度ではありません。
②茶商と生産者による相対取引
市場での入札取引と同様に生産履歴請求を行いますが、茶商と農家さんとの直接取引であるため、農家さんに直接請求を行います。取引の際に生産履歴を添付することもあります。
③契約栽培
大手であれば、茶商を通さず農家さんと直取引を行う場合もあります。そうした場合は、納品時に生産履歴を添付してもらうそうです。
残留農薬検査ってどのように行われていますか?
市場での農薬検査について
残留農薬検査は、数百にのぼる種類の農薬を検査するため、費用が1回につき6~10万円程度と言われています。鹿児島茶市場のお茶をすべて検査するとすると、多い日で1000点×10万円以上となり検査費用で1日で1億円を超える日も出てくる計算になります。また、新茶の時期は特に鮮度が重要ですが、検査結果がでるのに10日ほどかかり、仮に毎日1000点の検査をすれば検査結果にさらに時間がかかると考えられます。そうすると莫大な費用がかかるだけでなく、販売機会を失うことにもつながります。そこで、市場では任意のサンプリング検査を行っています。全国の産地でもそうした検査、取組があります。
農薬の種類について
農薬例
薬剤名 | 残留農薬上限 | 散布期限 | 希釈倍率(倍) | |
チアメトキサム | 20ppm | 摘採 7 日前まで | 2000 | 詳細資料 |
プロパルギット | 5ppm | 摘採 14 日前まで | 1500~2000 | 詳細資料 |
ビフェントリン | 30ppm | 摘採 14 日前まで | 1000 | 詳細資料 |
エトキサゾール | 15ppm | 摘採 21日前まで | 1000 | 詳細資料 |
フェンプロパトリン | 25ppm | 摘採7日前 まで | 1000~2000 | 詳細資料 |
クロルフェナピル | 40ppm | 摘採7日前まで | 2000 | 詳細資料 |
ppmとは、part per millionで百万分の1という単位です。
海外との残留農薬上限の比較
日本はヨーロッパなどに比べて、残留農薬の基準が甘いという指摘もあります。それを危険視したり、批判したりするサイトも数多く見かけます。
資料:農林水産省補助事業「平成30年度 輸出用茶残留農薬検査事業 実施報告書」より抜粋
日本の残留農薬基準ははたして海外よりも緩いのか?
中には、500倍も基準が緩いなど大きく主張しているサイトも見受けられます。確かに外国の方が基準が厳しいところが散見されます。しかしながら、上記、世界主要各国の残留農薬上限を見ますと、ヨーロッパの基準が日本やアメリカに比べて数百倍厳しいことがわかりますが、一方で日本はシンガポールや香港と同等で、アメリカにいたっては日本よりも基準が緩いという結果が見て取れます。
ヨーロッパでは、オーガニックが成長産業として重要な位置づけとなっています。背景として、ベジタリアン、食品アレルギー、遺伝子組み換えを嫌う方々が多いということと、以前食料の過剰生産により、農地環境汚染が問題となり、EUでオーガニックを推奨するようになったという歴史があります。
つまり、オーガニックの需要が高いため、残留農薬の基準が極端に厳しいと考えるべきでしょう。それだけに、ヨーロッパの基準は、科学的根拠だけではなく、経済的、歴史的、政治的な背景あってのものと言えます。
そうした背景を考えると、単純にヨーロッパの基準に比べ、日本の残留農薬基準が科学的に緩いとか間違っているとは言えないでしょう。あくまで基準値の根拠を詳しく検証するべきです。
参考資料:JETRO 欧州におけるオーガニック食品市場の動向
農薬について
どのような農薬をどういうふうに使用するかは、生産地区によって取り決めがあるそうです。例えば、知覧町と隣の頴娃町では、同じ南九州市ですが、若干の違いがあるそうです。
茶の品種によっても、病原(病虫)耐性などが異なり、使用される農薬の種類や時期、回数も異なります。
農薬について質問される方は、農薬は猛毒と考えている方も多いでしょう。しかしながら、散布した農薬は、時間とともに日々分解されます。動植物や微生物の各種酵素による分解、太陽光線による光分解、そして水による加水分解などによって、使用説明通りに散布されれば、収穫前に分解され、残留農薬は検出されないか、検出されなくとも基準値内になるように計算されています。
「お茶は農薬まみれ」などは根拠のない間違った主張
基準内の残留農薬で健康被害の報告はありません。農薬が人間にとって猛毒なら、それを散布する農家さんが最も農薬の被曝リスクを負うことになります。しかしながら、茶産地(静岡県や鹿児島県)の健康寿命は高い傾向にあることから、お茶の残留農薬が健康を損なう可能性は低いと考えられます。「お茶は飲む農薬だ」と危険視する記事も散見されますが、日本人9万人の1990年~2011年の間(約21年間)の追跡調査でお茶をたくさん飲むほど全死亡リスクが下がるという結果が発表されています。
もし、お茶が危険な飲み物という主張ならば、全死亡リスクが下がることは考えにくいはずです。
お茶を飲むダイエットが流行り、その影響で何リットルもお茶を飲み、具合が悪くなった方が何人もいらっしゃたそうですが、それを農薬が原因と主張している医師の方もおられます。お茶に限らず、運動もせず毎日何リットルも水を飲むと水中毒になると言われています。症状も水中毒と似ていることから、農薬中毒を原因とするのは疑わしいのではないでしょうか。そもそも、お茶を何リットルか飲んだくらいで、急性の農薬中毒になるのなら、お茶を毎日10杯以上飲む方は、慢性的な農薬中毒になる可能性は大きいはずです。しかし、実際には健康寿命が長い傾向にあり、死亡リスクが低下しているので、農薬中毒という主張はおそらく間違っているでしょう。残留農薬を危険視され本やメディアで発信している方もいらっしゃいますが、読んで調べたところ、科学的根拠や統計的根拠はなく、信ぴょう性は低いと考えられます。少なくとも、お茶の場合、残留農薬の害よりも健康増進の効果の方が大きいとデータで実証されています。
農薬の危険性、実例の事故
過去5ヶ年の事故及び被害の発生状況
1. 人に対する事故 (原因別) (件(人))
原因 H27年度 H28年度 H29年度 H30年度 R1年度 (1)マスク、メガネ、服装等の装備が不十分 4(4) 3(3) 6(6) 6(7) 3(3) (2)強風中や風下での散布等、自らの不注意により本人が暴露 2(3) 2(2) 1(1) 1(1) 1(1) (3)長時間や高温時の作業、不健康状態での散布 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) (4)防除器具の故障、操作ミス、整備不良等による農薬のドリフトや流出 0(0) 0(0) 1(1) 0(0) 0(0) (5)ドリフト防止対策の未実施等による農薬のドリフトや流出 1(7) 1(1) 2(8) 1(1) 0(0) (6)被覆が不十分であった等、農薬使用後の作業管理の不良 3(20) 3(7) 1(7) 4(14) 5(17) (7)保管管理不良等による誤飲誤食 11(11) 7(7) 6(11) 3(3) 2(2) (8)運搬中における容器の転落・転倒等の容器破損 1(3) 0(0) 0(0) 1(5) 0(0) (9)その他 1(12) 1(1) 2(2) 2(4) 0(0) (10)原因不明 5(5) 2(2) 2(2) 7(7) 0(0) 計 28(65) 19(23) 21(38) 25(42) 11(23)
区分 H27年度 H28年度 H29年度 H30年度 R1年度 死亡 農薬の使用中 1(1) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 誤用 3(3) 0(0) 1(1) 0(0) 0(0) その他・原因不明 3(3) 0(0) 0(0) 4(4) 0(0) 小計 7(7) 0(0) 1(1) 4(4) 0(0) 中毒 農薬の使用中 10(33) 9(13) 11(23) 12(23) 9(21) 誤用 9(11) 7(7) 5(10) 4(8) 2(2) その他・原因不明 3(14) 3(3) 4(4) 5(7) 0(0) 小計 22(58) 19(23) 20(37) 21(38) 11(23) 計 28(65) 19(23) 21(38) 25(42) 11(23)
・出典:農林水産省 農薬の使用に伴う事故及び被害の発生状況について
農薬の少ないお茶や農薬を気にされる方へ(メリットとデメリット)
①一番茶を選ぶ
一番茶は、肌寒い春先、虫などの発生が少ない時期に摘みますので、他の時期に比べて農薬の散布は比較的少ないか必要ない場合もあります。特に山間部は、一番茶ならまだ寒く虫の発生も少ない時期に摘むため、農薬をほとんど使用しない地域もあります。一番茶は、品質は高いものの、他の時期のお茶と比べ価格も高くなります。
実際のところ一番茶との表記がなく、判別がつきにくいものもあります。新茶はその年の一番茶なので、新茶と表記のあるものを買うと良いでしょう。ちなみにペットボトルの原料となるお茶は、二番茶や三番茶になります。一番茶は高価なのでペットボトル用にはあまり使用されません。
②有機JAS(オーガニック)のお茶を買う
有機栽培を選択するのも良いかもしれません。ただ、有機栽培は無農薬ではありません。化学物質を使わないという点では、土壌や環境に優しく、危険は少ないかもしれません。しかし、有機栽培は、もともと持続的農業環境保全のための基準なので、安全という科学的根拠はありません。難点として、有機JASのお茶は、お茶としての品質の高い美味しいものや、深蒸し茶系は少ないようです。お値段的にも同等の品質のもので2~3割高くなります。
・関連記事:有機栽培は無農薬栽培ではない?!意外と知らない有機栽培と無農薬の勘違い
③無農薬と表示されているお茶を買う
一年を通して一切農薬を使用しない完全な無農薬栽培は、お茶ではほぼ不可能か非常に難しいと言われています。しかしながら、ある熱心な農家さんから、病気や虫に強い「さえあかり」ならば可能ということを聞いたことはあります。また、ある四国の農家さんは、虫の天敵である蜘蛛の巣を大量発生させ、それで防虫、無農薬栽培されていることを聞きました。注意したいのは、本来「無農薬」の表記は、有機JASのような認証、認定基準はないため、禁止されていています。それを信じて買っていいものか、信用性があるかは不透明です。
・無農薬の表示は原則的に禁止:特別栽培農産物に係わる表示ガイドライン
④JGAP認証のお茶を購入する
画像:日本JGAP協会から引用
JGAP認証の茶園は、食品としての安全や労務体制、環境保全、様々なガイドライン基準とし、適切な管理、運営を行うための基準です。有機JASと似ていますが、有機栽培のように有機肥料や自然の農薬を使用するというわけではありません。
まとめ
いかがでしたか? 大抵の方は、農薬は危険、猛毒の様なイメージがあり、出来るだけ避けたいという心理が働きます。しかし、現実問題として、生産効率を飛躍的に上げるためには、農薬は必要不可欠なものです。世界中で農薬は使用され、それぞれの国で科学的根拠に基づき、農薬使用のガイドラインや残留農薬の上限などが設けられています。
残留農薬が基準値内であれば健康被害の報告はないと言えるでしょう。農薬の単位はppmと百万分の1の微小な単位です。人間に害が大きいものや農林水産省も「遺伝子を傷つけてガンを引き起こす物質を、農薬として作ったり使ったりすることは認められません。」と言っています。
・農林水産省 消費・安全政策課:残留農薬は危ないの?
塩にしても、1㎏あたり3gとれば半数の人が亡くなるという毒性をもっています。これよりも毒性の少ないは農薬はたくさんありますし、直接飲んだり食べたりするわけでなく、残留農薬も百万分の1の単位で摂取することになるわけです。
農薬は栄養ではないので、出来るだけ摂取しないようにするのは正しいと思います。しかし、残留農薬を過剰に気にするよりも、私たちの身の回りには、前述の塩分摂りすぎや「喫煙・受動喫煙」、危険と言われる「添加物」や高温調理によるAGE、アクリルアミド、糖化を促進させる生成された糖類などをもっと気を付けた方が、よほど建設的とも思えます。
農薬を使用しなければ、直ちに世界中の人が食糧危機に陥ってしまい、世界中で多くの餓死者がでてしまうのも事実です。固定観念や印象などで過剰に残留農薬を気にするよりも、データや事実を理解して行動、判断することが推奨されます。
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