芦北といえば、デコポンや甘夏、御立岬、湯浦温泉などを思い浮かべる方が多いかもしれません。水俣には湯の児温泉や湯の鶴温泉があり、海、山、川に恵まれた自然豊かな地域です。水俣はお菓子店も多く、蜂楽饅頭や美貴最中など、地元で長く愛されている甘味があります。
しかし、この地域に熊本県を代表する茶産地があることは、あまり知られていません。
水俣・芦北では、昔ながらの力強い緑茶に加え、現在は個性豊かな和紅茶や釜炒り茶も生産されています。
温暖な海沿いから標高600メートル前後の山岳地帯まで茶畑が広がり、産地の中に大きな標高差があることも特徴です。
知名度は決して高くありませんが、実際には、全国や海外で高く評価される茶農家が集まる、熊本県の「知られざるお茶の名産地」なのです。
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水俣・芦北地方では、比較的規模の大きな茶園も見られ、古くから緑茶が生産されてきました。
この地域の茶産地としての大きな特徴は、海に近い温暖な地域から、県境に近い山間部まで、幅広い標高に茶畑があることです。
温暖な園地では、熊本県内でも比較的早い時期に新茶が摘まれます。一方、標高の高い山間部では新芽の成長が遅いため、平地の摘採が終わったあとも茶摘みが続きます。
同じ水俣・芦北地方でありながら、畑の標高や向き、昼夜の寒暖差によって、茶葉の香りや味が異なります。
品種も一般的な「やぶきた」だけではありません。
など、さまざまな品種が栽培されています。
そのため、水俣・芦北のお茶を一つの味で説明することはできません。
昔ながらの渋味を持つ緑茶もあれば、香りを重視した釜炒り茶、渋味を抑えた紅茶、濃厚で力強い紅茶もあります。
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山麓園がこれまで水俣・芦北のお茶を仕入れ、試飲してきた印象では、この地域の緑茶には、適度な渋味と厚みを持つものが多くあります。
近年人気の「さえみどり」のように、渋味を抑えて旨味や色を前面に出したお茶とは、少し方向性が異なります。
水俣・芦北のお茶には、
があります。
単に苦いのではありません。
渋味の中に甘味や香りがあり、何度も飲みたくなる、懐かしい味わいのお茶です。
山間地の矢部茶などが、爽やかな山の香りを感じさせるお茶だとすれば、水俣・芦北のお茶は、もう少しどっしりとした味わいを持つものが多いように感じます。
すっきりとした高級茶だけでなく、「お茶を飲んだ」という満足感を求める方に向いています。
水俣・芦北には、紅茶だけでなく、品質の良い緑茶を作る生産者もいます。
水俣・芦北地域で緑茶を作られている生産者の一人です。
この地域らしい渋味や厚みを持つ茶葉は、単独で販売するだけでなく、味に力を加えるための合組原料としても重要です。
産地名や生産者名が表に出ることは多くありませんが、熊本県産茶の味を支えている生産者です。
吉野園の吉野さんは、祖父の代から続く茶農家で、平成元年から農薬を使わない栽培に取り組まれています。
平成5年には、水俣産茶のブランド化と環境保全型農業の拡大を目指して「みなまた茶組合」を立ち上げました。水俣の環境に配慮した茶作りを、早い時期から進めてきた生産者です。
水俣は現在、環境を意識した農業や和紅茶の産地として発信されていますが、その基礎には、このような先行する農家の取り組みがあります。
香徳園は、水俣市石坂川にある比較的新しい茶生産者です。農林水産省の輸出支援事業者情報にも、茶の専業生産者として登録されています。
2026年に有機JAS認証を取得し、当店が確認する県内市場では、以前よりも茶葉を見かける機会が少なくなりました。
有機茶として独自の販売先を開拓し、市場を経由しない販売へ移行している可能性もあります。
新しい担い手が有機栽培に取り組むことは、生産者の減少が続く熊本茶にとっても重要です。
「水俣」と聞くと、今も水俣病を思い浮かべる方が少なくありません。
水俣病は、日本の公害史において決して忘れてはならない重大な出来事です。現在も歴史を学び、被害を受けた方々や地域の歩みを正しく理解する必要があります。
一方で、水俣病の原因となった海洋汚染と、山間地で行われる現在の茶栽培を同一視することは適切ではありません。
水俣の茶畑の多くは海岸ではなく、山間部や高原地帯にあります。
それでも長い間、「水俣産」という地名だけで敬遠されることがあり、水俣のお茶は他産地の茶葉とブレンドされたり、産地を広く「熊本県産」として販売されたりしてきました。
品質が低かったから名前が残らなかったのではありません。
水俣という地名に対する先入観によって、産地名を前面に出しにくかったのです。
これは、水俣茶が全国的に知られていない大きな理由の一つだと思います。
水俣・芦北では、近年、緑茶だけでなく和紅茶の生産に力を入れています。
紅茶は、緑茶と同じ茶葉から作られます。
緑茶は茶葉の酸化を早い段階で止めますが、紅茶は茶葉を萎れさせ、揉み、酸化を進めることで、赤みのある水色と甘い香りを引き出します。
緑茶として飲んだときに渋味や力強さを感じる茶葉は、紅茶に加工すると、その性質がボディーや香りの厚みにつながることがあります。
ただし、「渋い茶葉なら必ず良い紅茶になる」というほど単純ではありません。
品種、摘採時期、萎凋、揉捻、酸化、乾燥の状態によって、紅茶の味は大きく変わります。
水俣・芦北には、もともとの茶葉の個性に加え、紅茶製造の技術を磨いてきた生産者がいます。
その結果、力強いものから、渋味の少ない優しいものまで、多様な和紅茶が作られるようになりました。
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水俣を代表する茶畑の風景が、鹿児島県境に近い石飛高原です。
石飛高原は水俣川の源流域にあり、標高は約600メートル。遠くには島原の雲仙岳や鹿児島方面の山々を望むことができます。
「石が飛ぶほど強い風が吹く」ことから、石飛という地名になったと伝えられています。
標高が高いため昼夜の寒暖差があり、平地とは異なる香りを持つお茶が育ちます。
急な斜面や山の尾根に茶畑が広がる風景は、まさに「天空の茶園」です。
茶畑は景色が美しいだけではありません。
風、霧、日照、寒暖差、火山灰を含む土壌など、その土地の条件が茶葉の味や香りに反映されます。
水俣のお茶を知るには、商品だけでなく、この茶畑の風景も見ていただきたいと思います。
水俣・芦北の和紅茶を語るうえで欠かせないのが、百貨店や地域の紹介記事などで「みなまた和紅茶四天王」と呼ばれる4つの茶園です。
同じ地域で作られていますが、栽培品種、農法、製造方法、目指す味はそれぞれ異なります。
「みなまた和紅茶」という一つのブランドの中に、全く違う4人の個性があることが、この産地の魅力です。
水俣紅茶の元祖として知られているのが、石飛高原の天の製茶園です。
紅茶作りを始めたのは二代目の天野茂さんで、体の弱かった妻においしい紅茶を飲ませたいと思ったことがきっかけだったと紹介されています。現在は三代目の天野浩さんが茶園を受け継いでいます。
天の製茶園では、農薬や肥料を使わない自然栽培に取り組んでいます。
実生の在来種をはじめ、20種類以上の品種が栽培され、それぞれの茶葉の個性を生かして紅茶が作られています。
天の紅茶は、一般的な海外紅茶の濃い渋味とは異なり、優しく、すっきりとした味わいが特徴です。
品種や畑ごとの違いをそのまま表現する、土地の味を重視した紅茶です。
お茶の坂口園は、湯の鶴温泉を見下ろす標高約350メートルの山間地にあります。
昭和4年から続く茶園で、現在は三代目の坂口和憲さんが、緑茶と和紅茶を生産しています。
坂口園を代表するのが、紅茶用品種「べにふうき」を使用した和紅茶です。
同じべにふうきでも、摘採する季節によって味や香りが変わります。
春は爽やかでフルーティー、夏は華やかで力強く、秋は芳醇な味わいになります。
坂口さんの紅茶は、べにふうき特有の力強さを生かしながら、飲みにくい渋味を抑えた作りが特徴です。国内だけでなく、パリやロンドンの品評会でも評価されています。
芦北町のお茶のカジハラは、釜炒り茶、和紅茶、烏龍茶など、幅広いお茶を作る茶園です。
茶園の多くは急斜面にあり、大型の乗用摘採機を入れることができません。農薬を使わず、有機質肥料を使用しながら、手間のかかる茶作りを続けています。
梶原さんが得意とする品種の一つが、香りの良い「香駿」です。
香駿は、釜炒り茶、紅茶、烏龍茶のいずれに加工しても、独特の華やかな香りを表現できる希少な品種です。
梶原さん親子は、中国や台湾でも製茶を学び、茶葉を萎れさせる萎凋工程や酸化の見極めを研究してきました。
2022年には「夏摘みべにふうき」が、ロンドンで開催されたTHE LEAFIESで紅茶部門金賞と全部門最高賞のBEST IN SHOWを受賞。翌年には「釜炒り茶 香駿」が金賞を受賞しました。
水俣・芦北のお茶が、国内だけでなく世界でも評価されることを示した生産者です。
水俣市桜野上場にある桜野園では、昭和2年に曽祖父が種から育てた在来種の茶畑が、現在も大切に守られています。
四代目の松本和也さんは、農薬を使わず、有機質肥料を中心とした栽培を続けています。
さらに、農薬だけでなく肥料も使わない自然栽培にも取り組んでいます。
桜野園の紅茶は、
など、栽培方法や品種の違いを生かした商品が特徴です。
海外での評価も高く、桜野園の自然栽培紅茶は、イギリスの紅茶店でも取り扱われています。
大量生産ではなく、長く受け継がれてきた茶の木と自然環境を生かしたお茶作りです。
水俣市では、2017年に「第16回全国地紅茶サミットinみなまた」が開催されました。
全国の紅茶生産者や愛好家が集まり、各産地の紅茶の飲み比べや販売、製造技術や販路についての交流が行われました。会場では用意された2000個の試飲用カップが売り切れるほど盛況でした。
翌2018年には、第1回九州和紅茶サミットが水俣で開催されました。
その後も九州各地の和紅茶生産者が集まるイベントとして継続され、水俣は九州の和紅茶文化を発信する地域の一つになっています。
かつて水俣のお茶は、地名を前面に出しにくい時代がありました。
しかし現在は、「みなまた和紅茶」という名前そのものが、産地の個性として評価され始めています。
知られなかった産地が、紅茶によって新しいブランドを作りつつあるのです。
水俣紅茶を一度飲んだだけで、「水俣紅茶はこの味」と判断することはできません。
天の製茶園は、自然栽培と在来種を生かした優しく個性的な紅茶。
坂口園は、べにふうきの季節による違いを表現した紅茶。
お茶のカジハラは、香駿やべにふうきを使った華やかで製茶技術の高い紅茶。
桜野園は、在来種や自然栽培による素朴さと奥行きを持った紅茶。
それぞれに明確な違いがあります。
以前、当店で試飲した水俣紅茶の中には、ほうじ茶にも似た香ばしさや焙煎香を感じるものもありました。
しかし、現在の水俣・芦北では、花や果実を思わせる香り、蜜のような甘い香り、ハーブやスパイスを思わせる香りなど、非常に幅広い紅茶が作られています。
生産者ごとの紅茶を飲み比べることで、産地の奥深さが分かります。
水俣・芦北のお茶は、宇治茶、八女茶、嬉野茶、知覧茶のような全国的な知名度を持っていません。
しかし、知られていないから品質が低いわけではありません。
緑茶には、昔ながらの渋味と厚みがあります。
紅茶には、在来種、べにふうき、香駿などの品種を生かした多様な香りがあります。
農薬を使わない栽培や自然栽培に、長く取り組んできた生産者もいます。
そして、海外の品評会で最高賞を獲得するほどの製茶技術もあります。
水俣・芦北のお茶は、ブランド名だけで商品を選ぶ方には、見落とされやすいお茶です。
一方で、有名産地の名前にこだわらず、味、香り、生産者の考え方でお茶を選びたい方には、非常に面白い産地です。
水俣・芦北は、温暖な海辺から標高600メートルの山岳地帯まで茶畑が広がる、変化に富んだ産地です。
適度な渋味と厚みを持つ、昔ながらの緑茶。
釜香を楽しむ、香り高い釜炒り茶。
べにふうきや香駿、在来種から作られる個性的な和紅茶。
同じ地域の中で、これほど異なるお茶が作られています。
かつては、水俣という産地名を前面に出しにくい時代がありました。
しかし現在は、4つの個性的な茶園を中心に「みなまた和紅茶」の名前が国内外へ広がりつつあります。
水俣・芦北は、単なる「熊本県産茶」の原料産地ではありません。
緑茶の力強さと、和紅茶の多様な香りを併せ持つ、熊本県の知られざるお茶の名産地です。
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